子供たちと本と読書

私は読書が趣味なので、どうしても気づいたらたくさんの本がたまってしまっています。
大概の場合は、あまり面白くなかった本は近所にあるブックオフの店舗に持って行って、売ることにしているのですが
新品同様であるにもかかわらず、ものすごく安い値段がついてしまい、困っています。
いつも「ほとんど新品」ということを口頭でスタッフに念を押しているのですが、あれってどうしてなんでしょうねぇ。
だいたい数冊たまったら持って行っていますが、以前は宅配の買い取りサービスを利用したこともあります。
こちらもブックオフのサービスですが、確か通常は30冊以上で宅配買取してくれたと思います。

子供の頃から漫画本や文庫本を読むのが大好きで、家にはたくさん本があります。
読んで飽きてしまった本がたまったので、古本や古CDを買い取ってくれるサービスを利用しました。

利用した古本の買取サービス:「古本買取 大阪」や「古本買取 奈良」といえばブック99

よく知っている有名な古本屋さんなので、安心感があったんですよね。
その古本屋さんの会員でもあったので、買取サービスもスムーズに利用できました。

しかし、売値はとっても安かったです。
売った本の中には、今人気のコミックスやだぶって買ってしまった未開封のコミックスも含まれていました。
しかしそれでも値段は買値の20分の1とか50分の1だったのでちょっとショックでした。

中には値段がつかなかった本もありました。
もともと売れそうもないな、という古い本だったのでそれは納得できました。
逆に、本箱がすっきりしたので引き取ってもらってよかったと思っています。

CDも買い取ってもらいました。
こちらも古いCDだったので、あまり値はつきませんでしたね。
有名なアーティストのものは安いけれどそれなりの値段でした。
しかし一発屋系のCDはやっぱりダメでしたね。
あと無名に近いアーティストも厳しいです。

でもいらない本やCDを捨てるよりは、リサイクルになり誰かが利用してくれるので、
エコですよね。
安いけれど値段がつくものもあるので、いらない本などがあるなら利用してみるのもいいと思います。

たまにキャンペーンのときなどは10冊以上でも良い、なんてこともありましたね。
昔は古本を大量に買って、読んではブックオフの宅配買取に出していたことがあります。
古本を買い取ってもらうので、それはそれは安い値段しかつきませんでした。
まぁ、そういう時は仕方ないですが、自分で本を買ったときは、かなり悔しい思いをしています。
ネットオークションなどに出せばもう少しは高い値段がつくかもしれませんが
手間と時間がかかりますので、どうしてもこういう業者を利用してしまいますね。

本というのは、その魅力に一度取り憑かれた人間にとってあらゆる娯楽を併せ持つ存在です。
そこには知識も経験も喜びも悲しみも全てが揃っているのです。
文章を目が追い、脳がその内容を意識する。
それは一つの旅立ちの準備です。
文字という記号が伝える情報は、私達の脳内で一つの情景として結実します。
そこは現実でありながら、現実と剥離した知識の世界です。
私達はそこで、未知の経験をします。
文章によって綴られた知識や物語は、私達に知らなかった事を知る喜び、体験し得なかった事を体験する喜びをもたらします。
そこに描かれた物が素晴しければ素晴らしい程、私達はもう一つの現実であるとも言える読書体験をする事が出来るのです。

私達は普段一定の決まった生活をしています。
朝起きて、仕事や勉強をして食事をして、私達が長年を掛けて作り上げたリズムで生活という場を創り上げ動いています。
それは生活し、生きていく上で、安定した形であり、それぞれの体さえ、その生活のリズムに合わせて機能していて、それからの離脱はむしろ疲れを伴う事になるでしょう。
しかし、その慣れを私達は退屈、あるいは精神的な疲れと感じます。
人間とはやっかいな生き物で、肉体の充足だけでは満足出来ないものです。
だからといって、一般人は気軽に違う生活に飛び込んだり、冒険に身を投じたりは出来ません。
不満を持ちながらも、リズムに沿った生活を繰り返すのが普通です。

その退屈を解消しる一つの方法として、手軽に非現実をもたらしてくれるのが読書なのです。
既に述べたように、本を読む事で、私達は知らない事を知り、できなかった経験を積みます。
私達が書物に取り憑かれるのは、これらの非現実の読書世界が日々の繰り返しで疲れきった精神のカンフル剤の役割を果たしてくれるからなのです。
その役割を酒や賭け事に求める人もいますが、それに比べれば読書はごく穏やかな手段であり、安価で手軽な解決方法でもあるでしょう。
そう、人は本を開いて文章を読むだけで、人生を豊かにする事が出来る生き物なのです。

親が本好きの場合、子供も本好きになる確率が高い、そんな話をどこかで聞いたことがあります。
周りの同年代の子には本を読むことを苦痛に思う人もいましたが、私が本を好きになれたのは母親の影響も大きかったのかなと今では思います。
まず私が小学校時代に嵌ったジャンルは、SFでした。
夢があるというか、世界が広いというか、とにかくその世界観が好きで、SFに分類される小説なら片っ端から読んでいた記憶があります。
その次に嵌ったのが、若い女の子向けのマンガのような恋愛物語。
ティーンズハートやコバルト文庫などですが、それらの小説は若い子向けだったこともあり、文章がどちらかというと軽め。
母親が「小さいころは文章はちゃんとした本を読んだ方が良い」との意見もあり、いい顔はしませんでしたが、小学校時代友人の間で流行していたこともあり、親の目を盗みながら読んでいた記憶があります。
それと並行してミヒャエルエンデなど有名作家の本も読んでいました。

「モモ」、本当に素晴らしく大好きな小説です。
どうやら国語力や文章力は小さいころにどれほど本を読んだかで決まるらしく、母親の言葉も納得だなと今になって思います。
本好きとはいえ、本当に読まれている方に比べれば読んでいないも同然くらいの読書量だったので、もう少したくさん読んでおけば良かったなあ、と思うことも。
中学、高校時代は友人と遊ぶことや部活、勉強を優先していたため、以前に比べて本を読む機会はガクンと減りました。
その中で好きで読んでいたのは星新一さん。
これまた母親はいい顔をしませんでしたが、私は今でも星さんの小説は好きなので、たまに読み返しています。
ショートショートって本当に難しいジャンルだと思うんです。オチもあっというものにしなければ「なにこれ」と言われかねませんし、ストーリー設定もいくつも考えなくてはならない。設定を説明する文章も簡潔にしなければならない、など。

星さんは長編も書かれていましたが、私はショートショートの方が好きでした。
大学生に入ってからもレポートなどに追われて読書数はさらに減りましたが、そんな中で印象深く大好きだったのが武者小路実篤さんの「友情」。
あまりに大好きすぎて読む用と保存する用の二冊を購入。
その時代の小説や文体が好きでよく読んでいたのですが、周りの友達はお洒落な感じの女流作家の本をよく読んでいたので、なんとなく自分の好みを言い出せなかった記憶があります。
今では本当に本を読む機会が減ってしまいましたが、また寝る間も惜しむほど熱中できる本と巡り会えることを期待しています。